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生まれた家庭が属する社会環境の違い、教育の水準の違い、就業の機会の違いなどを通じて、貧富の格差がスパイラル的に拡大する傾向が見受けられ、結果として「機会の平等」が保てない状態になりっている。 貧富の格差の拡大は、否応なしに、社会の二極分化を招き、各種の不安定要因となる。
英国は、昔ながらの階級格差が歴然として存在し、生活水準の地域間格差も大きい社会である。 貧富の格差の拡大は、こうした従来の問題を更に拡大する方向に働いており、結果として、国家の分断という大きな問題点をもはらんでいる。
先程も述べたように、貧富の格差の問題は、一世代に限ったものではない。 富める者と富まざる者の差は、家庭環境、社会環境、受けられる教育水準の差などの各種の要素が相世代を経るごとにスパイラル的に悪化する傾向を見せている。
貧富の格差の拡大は、教育現場の荒廃と相侯って更に知的水準の格差の拡大へと突き進む傾向を見せている。 にわかには信じられないことであるが、英国では、大人のうち5人に1人(約700万人)が、満足に字が読めないために電話帳をひくこともできず、同様に5人に1人が、スーパーでのお釣りの計算などの簡単な計算ができない状態にあると言われている。
基本技能庁の長官であるM卿による報告書「読み書きの力と計算力の向上」の報告に基づいた統計である。 同レポートの約一年後の2000年5日に発表された基本技能庁のレポートによれば、読み書きの基本技能のない大人の比率は24%にのぼり、いくつかの地域では40%とされている。
同様のことは、1994年から1999年までの間について、約二十カ国を研究したOECDの報告においても確認されており、英国の読み書きのレベルは、先進諸国の中では最低のレベルにあり、しかも、その問題は、全年齢層にまたがっているという深刻さである。 もちろん、この結果を解釈するには、移民を多数迎え入れている英国の事情を考慮に入れる必要があろう。

ドイツやフランスなども多かれ少なかれ多民族国家化していることを考えれば、英国における基礎的学力の劣悪化は深刻である。 そこには長年積み重ねられてきた構造的問題が横たわっていると考えざるを得ない。
ここでは、国民に「機会の平等」を提供する最も基礎的な条件である教育について、英国の現状を見ておこう。 英国における教育の荒廃は、特に公立校において深刻である。
日本でも、校内暴力、青少年の考えられないような凶悪犯罪の増加等々、教育の問題は焦眉の急である。 私の知る限り、英国の初等・中等教育の現状も厳しいものがある。
私は、いわゆるエスニック・マイノリティーが多数住み、貧しいと言われる地区に、最近閉鎖されたという小学校を、昼間の安全な時間帯に見にいったことがある。 校舎の壁は落書きだらけ、配管設備は錆付き、窓ガラスにひびが入ってテープで補強されているといった状況で、殆ど廃嘘に近い印象を受けたものである。
更に、こうした物理的・施設的な問題はもちろんのこと、凶暴化した小学生の対処に困り、ある学校の先生全員が授業を拒否するなどの問題も新聞によく登場している。 では、こうした教育の崩壊について、英国民あるいは英国のマスコミなどは、その原因をどこに求めているのであろうか。
立場、視点の違いによって様々な見方があるが、一般的見方の一つは、S政権、メージャー政権と20年間近く続いた保守党政治の下で、教育予算が大幅に切りつめられてきたこと、教育分野においても競争原理・市場原理を通じて一層の選別化・階層化が進んだこと、何よりも教育問題が政争の具とされた結果である、というものであろう。 その一方で、強すぎる教職員組合の存在などを指摘する向きもあるが、いずれにせよ、まずは、英国の教育システムについて簡単に触れておく必要があるであろう。
英国の義務教育は、公立・私立の別、あるいは所在する地域の別などにもよるが、基本的には五歳から十六歳までである。 先ず、公立学校だが、最初の学校は、五歳から六歳の2年間をカバーする幼児学校である。
その後、七歳から十歳までの四年間を小学校がカバーしており、この二つが初等教育に当たる。 続いて、十一歳から十六歳までの5年間が中等教育期間にあたり、中等学校がこれに当たっている。
中等学校の中には、誰でも無試験で入学できる男女共学の総合中等学校と、地域によっては、試験で入学者を選抜し、多くは男女別のグラマー・スクールが残っているところもある。 次に独立校と呼ばれる私立学校はどうなっているかと言うと、学校の規模、寮の有無、宗教観などによって、その内容は千差万別である。

ちなみに、日本でも有名なイートンなどはパブリック・スクールと呼ばれるが、基本的には独立校の一種である。 パブリック・スクールを含め独立校に通うための準備をする初等教育を担うのが、準備学校と呼ばれる学校であり、五歳から十三歳までをカバーするものや、低学年だけ高学年だけといった様々な形態がある。
では、それ以上の日本の高校にあたる教育はどうなっているか。 日本の高校にあたる部分は、英国ではシックス・フォーム室と呼ばれ、主として大学の入学のために必要な全国統一教育試験のALレベルの準備のための二年間の授業が行われる。
シックス・フォームは義務教育ではないものの、多くの総合中等学校はシックス・フォームの授業を行っている。 ただし、公立学校でシックス・フォームの授業を受けるためには、中等教育を終える十六歳時点で受験することとされている全国統一義務教育終了試験で一定の成績を残しておくことが求められているのが通常である。
大学入学者の数では、その比率は20%をこえ、特に有名校では、40%以上にのぼると言われているのである。 先に紹介した一般的見方によると、この支配者階級のためのエリート養成校と一般の公立校の明確な区分と格差という英国の歴史的特徴が、保守党政権下で進められた教育への市場原理の導入により、ますます強められた。
全生徒数の殆どをカバーする公立校における設備、教育内容、両面での質の著しい低下の帰結が、先程紹介した読み書き、計算の基本的学力の欠如というショッキングな事実ということになる。 では、「教育への市場原理の導入」というサッチャー政権が取った政策とは具体的には何だったのか。
それは、地方教育当局が監督している公立学校について、学校側が学力向上への努力を怠っているという基本認識にたって、保護者に対して学校選択の自由を与えるという方法によって市場化を進めようとするものであった。 具体的には、それぞれの学校がLEAの管轄から離れて直接中央の管轄下に入る選択による離脱をするかどうか、毎年、保護者が投票によって決定することが法定化された。

先程紹介した16歳での共通試験を含め、7歳、11歳、14歳、18歳の節目毎に全国共通テストを行い、その結果に基づいて学校のランク付けをするというものである。 これら二つの政策には、これといって問題はないようにも思われるが、問題は、これらの政策には別の狙いがあったと言われている点である。
教育への市場原理の導入という政策の裏に潜んでいたものは、政敵である労働党の影響力排除という政治的思惑であったと言われる。

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